石井かほる ダンス・アーカイヴ石井漠作品再生作業に関わって・・・
DAiJ2014 石井 漠「食欲をそそる」写真1、「白い手袋」写真2/写真3
DAiJ2015 石井 漠「機械は生きている」写真4/写真5、「マスク」写真6
「ダンスアーカイヴ in JAPAN 2014-2015」で恩師石井漠先生の4作品と関わったことで、ご存命中の先生とでは出来なかっただろうコミュニケーションができたと思う。再生作業を通して、1900年代初期に渡欧し、当時のヨーロッパ芸術界の新風を吸収された漠先生の、新鮮な作風を感じることができた。漠先生と対話するようにしながら、4作品を上演順に記録していきたい。
1)『食欲をそそる(写真1)』1925年初演
コーヒー好きの漠先生は、新宿の喫茶店で朝のコーヒーを楽しんでいた。窓越しに見たビル建設中の掘削機が、大口で土砂を飲み込んでは吐き出す作業の動きから、発想を膨らませたものだと話してくださった。近代化を描くことにとどまらず、その展開をコミカルに表現しようとした独創性が見て取れる。ここに漠先生の創作の原点がある。4人のダンサーは、腰の重心を低くとった慣れない動きに挑戦してくれた。特にリズムに関しては、演奏者との阿吽の呼吸に苦戦した。
2)『白い手袋(写真2)』1948年初演
漠先生はこの作品で、男女のセクシュアルな関係を描こうとしている。白いボールは男性の象徴。そこにまつわる女性2人の関わりが実に象徴的、心理的に構築されている。当時ヨーロッパの芸術界ではセザンヌが提唱した『三角形の空間構成法』がセンセーショナルな話題をもたらしていた。私がこのことを知ってから、男女3人の動線、フォルムから見えてくる三角形の変容が突然理解できた気がした。漠先生は時代の動静を実に敏感に受けとめていたのだ。この作品も音楽は打楽器が奏でるリズムで、先生は『無音楽』と言っていたが、これはむしろ高度な音楽の存在を示したと思う。石井漠独自の音空間を共有することで、ダンサー間の<心の動き>を的確につかむ作品が創られた。後半で2拍子、3拍子、4拍子と3人が分担して動く展開が起るが、基調リズムで動いているため、視覚的な変化が見え難くなっている。先生が生きていらしたら、この革新的なアイディアについて尋ねたいと思ったことだ。新国立劇場バレエ団から選抜した3人が踊った。彼等の柔軟な理解力と協力的な作業で作品ができあがった。シンプルで洒落た衣裳デザインは東郷青児である。
3)『機械は生きている(写真3)』1948年初演
機械いじりが大好きだった先生が、単に機械の動きを舞踊にしたのでは無いことは明らか。ターナーの有名な作品『雨、蒸気、速度-グレート・ウェスタン鉄道』では、疾走する機関車の前を野うさぎが走る。良く知られたチャップリンの映像。これらの芸術に触れた先生が、近代化を称賛する一方で<近代化と人間>について考えられたことが原点にあると思うからだ。28名のダンサーはオーディションで選出した。全員を6グループの部品におさめ、センターを漠先生の孫である石井登がつとめた。モダンダンスでは個々の身体トレーニングが異なるため、群舞で協調していくのは困難なことだが、今回関わってくれた若者達は素晴らしかった。時代が動いていることを共同作業を通して実感したことだった。
4)『マスク(写真4)』1923年初演 ベルリン
この作品は、先生が帰国後、三越デパート屋上の野外で踊られた時の様子が、8mmカメラで撮影された1分弱の映像記録で残されていた。これが今回作品を掘り起こすことが出来た大きなきっかけとなった。写真家・清水真一氏は静岡県島田市出身で、第1号市民文化功労者である。映像は同市図書館に所蔵されている。映像には『表現派風舞踊詩・マスク/スクリアビーン曲』と、みなれた漠先生自筆の墨書きプログラムが掲げられている。私はまず超アバンギャルドな先生の踊りと、作曲家スクリアビーンの曲を使用していることに驚いた。20世紀初頭ドイツを中心に興隆した芸術思潮を鋭く感受したと見られる。その極端に歪曲化した強烈な動きから読みとれるのは、<歓喜と悲哀>の表現である。この作品を踊ることになった私は、1923年初演から92年の時間を経て踊る『マスク』に熱中して取り組んだ。
打楽器音楽のすべては、加藤訓子さんが演奏した。彼女の的確さとエネルギーに、ダンサーはどれほど助けられたことか。スクリアビーンの音楽の選択に協力して下さったのは作曲家の笠松泰洋氏。
新国立劇場のスタッフの諸氏の協力もすばらしかった。NO!と言うことがない。細部へのイメージを掬いあげてくれるのだ。この公演に関わって下さった総ての方々に、心から感謝いたします。
- 日時
- DAiJ2014 石井 漠「食欲をそそる」写真1、「白い手袋」写真2
2014年6月6日(金) 開演19:00
2014年6月7日(土) 開演15:00
2014年6月8日(日) 開演15:00
DAiJ2015 石井 漠「機械は生きている」写真3、「マスク」写真4
2015年3月7日(土) 開演15:00
2015年3月8日(日) 開演15:00 - 会場
- 新国立劇場 中劇場
- チケット
- A席 5,400円 B席 3,240円
(DAiJ2014 石井 漠「食欲をそそる」写真1、「白い手袋」写真2)
S席6,480円 A席5,400円 B席4,320円 C席3,240円
(DAiJ2015 石井 漠「機械は生きている」写真3、「マスク」写真4) - 主催
- 新国立劇場
- 出演者
- DAiJ2014 石井 漠「食欲をそそる」写真1:ハンダイズミ、藤田恭子、池田素子、土屋麻美 加藤訓子(打楽器)
DAiJ2014 石井 漠「白い手袋」写真2:貝川鐵夫、中田実里、成田 遥 加藤訓子(打楽器)
DAiJ2015 石井 漠「機械は生きている」写真3:石井 登 安達 雅 石井 咲 上野 琴乃 江藤裕里亜 大森 香菜 大森ゆりか 小倉 美樹 金井 睦月 栗原美沙都 桑原佳乃子 小林 千耀 斉藤稚紗冬 齊藤 理絵 佐々木礼子 四戸 由香 柴草 涼 杉山佳乃子 高宮 梢 高村ひかり 滝本彩和子 平野 彩夏 真野 忍 吉垣 恵美 依田 響木 石井 武 工藤 史皓 渋谷 智志 加藤訓子(打楽器)
DAiJ2015 石井 漠「マスク」写真4:石井かほる
DAiJ2014 石井 漠「食欲をそそる」「白い手袋」
DAiJ2015 石井 漠「機械は生きている」「マスク」
作品責任者:石井かほる/石井 登