執行伸宜 「恐怖の踊り」再現にあたり

DAiJ2015 執行正俊「恐怖の踊り」

1932年に、父正俊がベルリンで初演した「恐怖の踊り」を第二回ダンス・アーカイヴ in JAPANで再現上演したい、との要請を受け、喜びと共に、はたして実現出来るのか?の想いが交錯した。そしてまずは、前年の夏期舞踊大学講座に於いて受講者達に実技指導する事に成った。幸い1983年にNHKで放映した「日本の現代舞踊-モダンダンス」の中で、父から振付けられ、私が踊ったビデオが手元に有ったので、とりあえず振りだけは、伝える事が出来ると思った。しかし本当にこの作品の価値を伝えるのには、そこに込められた作者の想いや、時代背景を理解してもらう事が大切だと思い、改めて父の残した色々の資料に目を通す事と成った。

正俊は、東洋音楽学校(現東京音楽大学)ピアノ科を卒業後、翌年の1930年にドイツに留学し、カテリナ・デビリエバレエ学校でクラシックバレエと、そのキャラクタ・ダンス*科でスペイン舞踊、そしてマリー・ヴィグマン舞踊学校でノイエ・タンツを学んだ。当時のドイツは、「自然に帰れ」のダンカン、「リトミック」のダルクローズの後を受け、ラバン、ヴィグマンの目指す、新しい舞踊「ノイエ・タンツ」が世界的な注目を受け、世界各国から、踊りを志す若者達が集まって来た時代であった。

又バレエ界に於いても、ディアギレフの死後、ヨーロッパ各地に散らばったバレエリュスのメンバー達は、新しいスタイルの創作バレエを求めて、ノイエ・タンツとの交流も盛んに行われていた。そうした環境の元、正俊は、朝はバレエ、午後から、ノイエ・タンツ、夕方から、キャラクタ・クラスでスペイン舞踊、そして日曜日には、美術館めぐり、と言う様な濃密な毎日を過ごしていた。

さて話は「恐怖の踊り」に戻るが、この踊りは正俊がベルリンで学んだ色々なスタイルの踊りの要素が全て凝縮された作品と言える。下半身の動きのほとんどはクラシックバレエ(所々にクラシックには無い、特徴的なINステップが使われている)、上半身は恐怖を表すノイエ・タンツ風の動き、そして所々にスペイン舞踊のサパティアードや腕の動き、と言う具合で、バレエ、ノイエ・タンツ、スペイン舞踊を学んだ事が無い人には、中々表現の難しい踊りである。

ファーリャの音楽によるバレエ「恋は魔術師」では、この場面は、新しい恋人が出来た未亡人カンデラスが夫の亡霊の嫉妬に悩まされるシーンだが、正俊はスペイン舞踊の名花アルヘンティーナの踊るこの踊りを観た時、これを、男の踊りとして表現したいと思ったそうだ。4分間の小品として作られたこの作品は、私は「恋は魔術師」の一場面と言うより、当時海外留学をする人など珍しい時代に、言葉もしゃべれないまま、単身留学した彼が感じた自分へのプレッシャー、恐怖心の表現で有ったと理解している。

上演にあたり、踊りやすいテンポを決める為、日本で手に入る全てのCDを聴いたが、NHKでの録画では、第一曲目の「前奏曲」で始まり、第二曲目の「洞窟の中」と続き、途中でフェードアウトして第五曲目の「恐怖の踊り」に繋がり、最後に又、「前奏曲」に戻って終わっている事が分かった。1932年に初演した頃は、テープレコーダーもパソコンも無い時代だったので、公演は全て、生演奏で行われており、楽譜さえ有れば、ピアニストと相談して、自由にジョイント出来たのだと思う。

いよいよ、この踊りをアーカイヴの舞台で踊ってもらうダンサーを決めなければならない段階に入り、クラシックバレエがきちんと踊れて、モダンダンスの動きや劇的な表現も出来、そしてどんな踊りにでも対応出来る柔らかな感性を持ったダンサーとして私の頭に浮かんだのは、東京シティ・バレエ団の小林洋壱さんだった。彼には前にNBAバレエ団で私の作品の主役を踊ってもらったり、舞踊作家協会の公演でコンテンポラリー作品を踊っているのを見て、彼に幅の広い表現力を感じていたからである。この踊りは肉体的には20代のダンサーが踊るような激しい動きも有るが、表現力という点では、30代位の、ある程度キャリアを積んだダンサーでないと表現できない内容を持つ。私がNHKで踊ったのは、39歳の時で、特に連続で飛ぶ9回のジャンプは、そうとうきつかったのを覚えている。正俊が初演したのは24歳の時だから、スタミナ的には、楽に踊りこなしていたに違いない。表現に関しても、残された数枚の写真で見る限り、その表情からは迫力有る表現力を感じ取ることが出来る。

本番の音楽は、アーカイヴという意味では、当時そのままにピアノ伴奏で行うべきだったのかもしれないが、NHKでの再演の折り、父の考えで、迫力が有り、よりこの踊りの表現に相応しいCDでのオーケストラ版を選んだので、その意志を汲み、アーカイヴでもCDを音源とした。本番での小林さんは、とても良く踊ってくれて大成功であった。

私自身は、ヴィグマンの作品を踊った事は無いが、この踊りを踊る少し前、スターダンサーズ・バレエ団でクルトヨースの「緑のテーブル」に出演する機会が有り、同じドイツ表現主義の流れをくむ作品として、とても親近感を感じる事が出来た。コンクールの影響か、近頃は、モダンダンスの中にもテクニック重視の兆しを感じるが、今回のアーカイヴの公演を観て、これからの若い創作者達が、舞台上で指一本動かす事の意味の重要性を感じ取って頂けたら、と願っている。

*キャラクタ・ダンス:民族舞踊の特徴的なリズムやステップをクラシックバレエに取りこんだ踊り。

 

 

日時
2015年3月7日(土) 開演15:00
2015年3月8日(日) 開演15:00
会場
新国立劇場 中劇場
チケット
S席6,480円 A席5,400円 B席4,320円 C席3,240円
主催
新国立劇場
出演者
小林洋壱

DAiJ2015 執行正俊「恐怖の踊り」

作品責任者:執行伸宜

執行正俊「恐怖の踊り」再現にあたり