石井 登 ダンス・アーカイヴ in JAPANを終えて

DAiJ2014 石井 漠「食欲をそそる」写真1、「白い手袋」写真2/写真3
DAiJ2015 石井 漠「機械は生きている」写真4/写真5

2014年から2015年の2年間に亘り、新国立劇場で上演された「ダンス・アーカイヴ in JAPAN」公演が大盛況のうちに終えることが出来たことは大変嬉しく、また、帝国劇場開館100年、依って日本での洋舞100年を記念すべくこの企画に携われたことを誇りに思う。

石井漠を始めとするパイオニアたちの作品を拝見すると、実に愉快で魅了させられた。それはテクニックに頼らず、試行錯誤したであろう肉体のリズムの装飾のない動きで、言葉少なく且つ最大限に観客に語りかけていたからではなかろうか。作者の表現したい思いが作品に込められ、その時の時代背景も彷彿とさせた。作品は生き物なのだ。故に作品は成長する。またそのような作品を生み出していかなければならないのだ。

石井漠作品は、石井かほる先生とご一緒に担当させて頂き、2014年に『食欲をそそる』と『白い手袋』、2015年には『機械は生きている』と『マスク』を上演した。漠作品以外の作品も同様と思うが、再現するに当たり映像は勿論写真も少なく、資料らしい資料が残っておらず、頼りになるのがその作品を実際に踊っておられた方々や、見たことのある方々の記憶だけであった。

幸いにして『マスク』以外の3作品は、「石井漠・山田耕筰生誕100年記念公演」、「石井漠没後40年記念公演」で再現されていたが、作品を仕上げるのに苦労した記憶が今も鮮明に残っている。

今回、再現作業に入る前にかほる先生との打ち合わせで、その作品の核となる表現や色合い等を損ねないように留意しながらも、ダンサーの動きや舞台状況等を鑑みながら、今の時代に合うような作品にすることを確認した。詳細については石井漠についての文献等を参照して頂くことにして、ここでは特筆すべき事だけを記述することにする。

今回、打楽器だけのメロディーのないいわゆる無音楽の作品が3作品選ばれた。石井漠は、端的に肉体の運動とリズムで表現する方法を模索しこの手法を見出した。

まず『食欲をそそる』は、ダンサー4人の作品だが、偶然にも4人中3人は石井漠の孫弟子であった。レストランで食事をしていると面白い動作をする客が現れその動きに発想を得たもので、振りはその客の仕草と銀座数寄屋橋の川底の泥を掬い上げる機械の動きを取り入れたものと云われている。踊り全般に云えることだが、力を入れてはダメ抜けていてもダメ、しかも全身の機能をフルに発揮しないと成り立たないうえに、作品の解釈もどのようにも取れるということが顕著で不思議な作品である。しかしダンサーたちは踊るのに苦労し戸惑いつつもやってのけてくれた。

次に『白い手袋』だがこれは男女の機微をうがった作品で、実に見事な構成で打楽器の入れ方も大胆でありまた極自然と違和感なく耳に入ってくる。ビジュアル的にシャープな動きを要求される振りで、試みとして新国立劇場バレエ団の3人にお願いしたが、バレエとは全く異なる振りではあったが見事に踊り切ってくれた。

『機械は生きている』は群舞で23~5名位の作品だが、ダンサー選出に当たっては公募オーディションを行ないオーディションを通った28名で構成した。通常芯に男性1人、残りは女性というものだが、今回男性が3人入り、新たに男性パートを振り付けた。この作品は、あるパンフレット(いつのものだか年月日の記述がないので判明しないが)に「機械の動きを、じっと見つめていると、何かしら話しかけようとする努力が感じられる。“心”があるもののように…。機械は生きているのだ。」とコメントがあり、題名そのままの発想から出来たものである。

もともと機械好きだった石井漠は機械の動きに発想を得た作品はいくつかある。振りも音も機械の部品が動くが如く単純過ぎるほど単純で、繰り返しばかりである。故に毎回2時間のリハーサルを如何に飽きさせないようにもっていくかを考えた。石井漠の言葉に、「踊り手は音を聞いて踊ってはならない。しかし音を分かっていないと踊れない。」というものがあり、それを実践した。音を分かってもらうため全員に交替しながら打楽器の伴奏をしてもらい、体にリズムを文字通り叩き入れてもらった。ダンサーたちはこの単純な動きの中で、表現の難しさや面白さを感じて頂いたのではないかと思う。

上記の3作品の打楽器演奏は、世界を舞台に活躍されているパーカッショニストの加藤訓子さんにお願いした。彼女はパワフルさと女性らしい繊細さを兼ね備えた素晴らしい演奏を披露してくださった。それにこちらの無理とも云える要望にも応えてくれるキャパシティの広さにも驚かされた。

『食欲をそそる』では、木魚だけを使用するのだが木魚ではなく、彼女自身が考案・製作した楽器を使用しそれ以外の新たな楽器も加えて演奏し、『白い手袋』では、通常3人で同時に2拍子・4拍子・3拍子を演奏するところを1人でこなし、更に一つ楽器を増やしての演奏、『機械は生きている』は、これも彼女所有のドラム缶を使用し、本番中に太鼓の面が割れるというアクシデントにも、ダンサーの中には音の乱れが分からない者がいたほど見事に対応してくださった。『機械は生きている』の際に彼女はアメリカツアー中で、普段私が通し稽古に伴奏をしていたのだが、彼女の手伝いをしている堀ノ内順三さんが叩いてくださり大いに助かった。

そして最後に『マスク』だが、「石井漠没後40年記念公演」の時に写真家の清水真一氏が昔に撮影された映像が届いたのだが、その中に石井漠自身が踊っている「マスク」と他に「グロテスク」が映されていた。その映像を見た我々は言葉に表せないほど驚愕しまた感激した。資料が乏しい中、石井漠自身が踊っている映像が見付かるなど思いもよらず、極めて貴重な資料と歓喜した。ただ映像には、題名とスクリャービン曲としかなく、音もなく、しかも一部しか映されてはいなかった。

今回、私も踊りたかったが、石井かほる先生が踊られた。再現するのに大変ご苦労されたであろうことは、私の想像を遥かに超えていたであろうと思う。しかし流石にかほる先生と思わずにはいられない。本来男性の踊りを女性が踊り、音も衣裳もなく勿論ほとんど振りもない状態でも見事に「石井かほるマスク」を創り上げられた。やさしく、そして内にある強さを観客に語りかけるように流暢に踊られて素晴らしかった。

ダンス・アーカイヴ in JAPANを振り返って思う事は、100年の時を超えても未だ新鮮さを失わない先人の作品に触れることができ、とても有意義な時間を過ごせたとの思いである。主旨として若いダンサー(ベテラン・中堅どころもいたが)にパイオニアたちの作品を踊ってもらうとあったが、それぞれがそれぞれに何かを感じ自分の引き出しを増やしてくれたと確信している。

最後にこの企画を立案・制作・協力してくださった、DAiJ企画運営委員会・新国立劇場・現代舞踊協会他携わって頂いた皆様と、ダンサー・演奏家・スタッフと観客の皆様に、深く感謝と敬意を表したい。ありがとうございました。

 

 

日時
DAiJ2014 石井 漠「食欲をそそる」写真1、「白い手袋」写真2
2014年6月6日(金) 開演19:00
2014年6月7日(土) 開演15:00
2014年6月8日(日) 開演15:00

DAiJ2015 石井 漠「機械は生きている」写真3、写真4
2015年3月7日(土) 開演15:00
2015年3月8日(日) 開演15:00
会場
新国立劇場 中劇場
チケット
A席 5,400円 B席 3,240円
(DAiJ2014 石井 漠「食欲をそそる」写真1、「白い手袋」写真2)

S席6,480円 A席5,400円 B席4,320円 C席3,240円
(DAiJ2015 石井 漠「機械は生きている」写真3、写真4)
主催
新国立劇場
出演者
DAiJ2014 石井 漠「食欲をそそる」写真1:ハンダイズミ、藤田恭子、池田素子、土屋麻美
DAiJ2014 石井 漠「白い手袋」写真2:貝川鐵夫、中田実里、成田 遥
DAiJ2015 石井 漠「機械は生きている」写真3、写真4:石井   登 安達   雅  石井   咲  上野 琴乃   江藤裕里亜  大森 香菜  大森ゆりか  小倉 美樹  金井 睦月  栗原美沙都   桑原佳乃子   小林 千耀   斉藤稚紗冬  齊藤 理絵   佐々木礼子  四戸 由香  柴草  涼   杉山佳乃子  高宮  梢   高村ひかり  滝本彩和子 平野 彩夏   真野  忍   吉垣 恵美   依田 響木   石井  武   工藤 史皓    渋谷 智志 (加藤訓子(打楽器))

DAiJ2014 石井 漠「食欲をそそる」「白い手袋」
DAiJ2015 石井 漠「機械は生きている」

作品責任者:石井かほる/石井 登